101225 白石島に関わる団体の話









左:回漕店のすなおさん
右:ハート・アート・おかやまの田野さん









左:白石島内外の人が集まりました。
右:しらいし日和茶









左の写真のかごの中にははっさく?かごを置いていると勝手に増えていきそうな予感。









左:路地を歩いてお菓子の買いに
右:しらいし文庫。折りたたみのテーブルが本棚になります。









左:夕食に出たとても豪華なお造り
右:夜遅くまで続く話


もう9ヶ月ほど前のことになりますが、2010年の暮れ、12月25、26日とNPOハート・アート・おかやまが主催する「白石島文化祭2」に参加してきました。
白石島回槽店の方との立ち話から生まれた企画で、いわゆるパネリストのような格好で少し話をさせていただきました。
外から白石島に関わっている団体はいくつかあるけれど、互いにどんなことをやっているのかってあんまり知らないよね、じゃあ集まってみようよということで設けられた場です。

中西屋さんの大広間に「しらいし文庫」と名付けられた図書室ができ、そこにコタツが並びました。
それから、その日の昼間に行った島の子どもたちが撮った写真をパッケージにした白石島の桑茶。

この日に集まったのは、

NPO法人CDM JAPAN
ハート・アート・おかやま
NPO法人タブララサ

の3つに加え、

白石島迴漕店

が島からエントリー。
この企画の言い出しっぺが白石島回漕店の@sunamnさんです。

その他にも青森や京都のアーティストの方など。
まずそれぞれが団体の説明をして、その次に白石島や笠岡諸島でどんな活動をしているのかを話しました。
タブララサが白石島との関わりが一番浅くて、他の団体はレベルも高くてとても勉強になりました。

この日、一番楽しみにしていたのが、白石島迴漕店のすなおさんの話。
話題が豊富すぎるのでメモですが、列挙します。

・「迴漕」という言葉がつく事業者はもう日本で2、3しかない。この言葉自体は300年ほど前から使われている。
・迴漕とは、船を使った運送全般を指す。陸上から船への荷役をしていた。

・白石島迴漕の4つの特徴
1 桟橋を自己所有している。
2 インフォメーションが充実。家族経営ゆえ。
3 収益の軸が実は迴漕業以外。
4 とても親切で色んなサービスをやる。宅配、新聞・牛乳・薬の配達など。

・無線インターネットの設置工事をした。ADSL程度になった。
・新しいものを物怖じせずにやっている。

・最近、農業参入した。
・白石の野菜を販路を見つけて出荷する仕事。
・昔は、米、綿、花をやってたが儲からないからやめた。
・島としての公式の農業出荷額は0。
・農業は参入障壁が高い。トレーサビリティーを押さえないといけない。農薬などの記録。
・敷居が高いので、勝手に生えてくる山菜などを扱う。記録が不要。
・天然・自然のものの方がバリューあがる。
・山菜はそれほど売れないのであんまりお金にはならない。
・販路ができて、モノをながせるフローができたのはよい。
・笠岡のスーパーで、週1で島のフェアをしている。
・産地直送というと、フレッシュなもの。葉ものとなる。これがめちゃくちゃ難しい。
・農業分野の失敗は勝手に作って売れない、ということ。大量に作っても売れない。
・これからは、売り場から逆算して、アジャイルに作る品目を決めて行くのがいいのかな。
・そういう方法をとっているのは、日本に3社くらい。
・売り場に置けるかどうかの選別。結局、100あるうちの40%は出せないもの。全国統計で。
・売れなかったものは加工品にするか、島で消費するかしかない。
・島の人にあげると、島内の流通も壊れる。
・乾物がよいことがわかった。
・水分含有量が50%以下なら保健所の許可なく勝手に売ってよい。
・昨年の冬に出した切り干し大根が大人気だった。倉敷のイオンでも売り切れ続出。
・マーケティングはスーパーがやってくれる。
・島のものを出すのは、そこに広告を出すようなもの。お金をかけずに広告を打つ。

・IT活用して島で何かできないか。
エイミー・チャベスさんが一番の成功事例。
・10数年前に来て、2ヶ月後に来るから家を探してくれといって帰って、本当に帰って来た。
・ジャパンタイムズのコラムニスト。海外向けのプレスをやってくれている。
・岡山に週1行ってラジオをやってる。iTunesの在日外国人のダウンロード数トップ。

・エイミーのいい言葉。何でこんな田舎に?
→白石はめっちゃ便利!
自分の実家は牧場で、3時間も車で走らないと買い物にいけない。
白石は30分だけ船に乗ったらいける。便利。
→オーシャンビューに安く住める!アメリカ西海岸は高い。

・中国からお嫁に来る人多い
→白石すごい。水も出る、電気も止められない。
中国は産業中心で工場が活発に動き出すと村は送電停止される。
日本人が求めてる便利さってどうなん。ほんとうにいるの?
コンビニって24時間開いてないといけないのか、いつも同じものが買えないといけないのか。
観光に来てネガティブなことを言う人の価値観を破壊する野に使える言葉。


続いて、タブララサを代表して自分が話したこと。

・約2年間、どんなことを白石島でしてきたのか
・島に来る/行くきっかけ作り
・島の人たちにとって、意味のあることをしたい

・何が島の人にとって幸せなのかなを考えたい。
・若い人がいなくなって人がいなくなってしまうのでは、ということが言われている。
・島に帰ってくる可能性が高いのは、島で育った人ではないか。その人たちに興味がある。
・子どもや孫は近くにいるのがいいのではないかというのを今は思う。島に限らないけど。
・島の人によって、島に来てほしいという言葉はやはり繰り返されている。
・2年通う中で、一度は白石島を訪れてみてほしいという思いを自分も持つ。

・島の人がやりたいけどやれないこと。
・若い人がいなくてできないこと。
・島にとってプラスとなるもの。
・島を知ってもらう、気になる、持ち帰って考えるとかそういうものが沸き起こる何かを考えたい。

・ゴミ分別が10種類とか。笠岡が徹底してるんだけど。
・そういうのが自然にできている。マナーが悪い、モラルがない、という人があんまりいない。
・こんな風にくらせれたらいいなという暮らしをしていると感じる。
・今は綿をやってるけれど、どんな風に関わりたいかというと、島にとって意味のある事をしたい。
・やる時に島のペースでやりたい。
そのときあるものを使う。季節に合わせて何かをやる。緩いというと違うけど、島でこそ楽しめる。
・一度白石を訪れた事によって、その人の生活が変わるきっかけの場所になればいいなと思ったり。

音声を聞き返してみると、こんな話をしていたようです。
特にまとめずに列挙したのですが、記憶は薄らいでしまっています。

それでも、島との関わり方については、思いは変わっていないことを確認できたように思います。

その他にも盛りだくさんでしたが、ひとまずこの2つの話に留めておきます。

101218 段ボール

この日、一緒に島に行った方が、棉畑の畝の間に段ボールを引くと草が生えないよと教えてくれた。
いつもやっている草取りだけど、これをするだけでみんな少し楽になる。
今年はやってみよう。

101218 売るのでなく。

おっきなテーブルを囲んでした話。
経済と趣味の間で。
最初に探り探りで話をしてもらいました。
(K:児島の皆さんの言葉、S:白石島の人の言葉)

K この土地オンリーのものを作る。

S 公民館講座なので営業ベースに乗せるというとこへはいかない。
 お金儲けをしてはいけないが、売ることは構わない。

K 集会所をもっとキレイに片付けをしたり、展示できるようにしてみるだけで違ってくるんじゃないか。

S 島の外に出るのではなく、白石に来てもらいたい。
船にも乗ってもらって、長い時間とお金をかけてやってきてもらいたい、そのために何かできたらと思う。

K そのためには、ある程度の宣伝も必要。
初めての白石島だけど、白石踊しか知らなかった。けど、船を降りて、自然とかすごい島だなと思えた。

K 売るとかそういうことではなくて、「知らしめる」ためにやろうと考えてみる。
ここへ来てもらうための集まり。そのための織り、染めなど。

K 聞いているんだけど、宣伝することが主体ではと思う。
今まで商工会議所とか教育関係で何度も話をしてきたが、どこでもビジネスを主体に経済とは何かを話してきたが、ここで皆さんの話を聞いていたらどうも方向性が違うと。
経済はおいといて、趣味で老後を楽しむというように受け取れる。
私が今まで話をしてきたことは参考にならないのではと思う。
生きていくためにお金はいるんだ。それをどうするということを考えてきた。
年寄りでも孫に小遣いをあげるとか儲けないといけない。
だが、ここでは経済活動はしてはいけないという。
作ってどんだけ儲けようと言うことになるが、作っているものが価値のあるものとして認めてもらえるということを主眼におくといいのではないか。

K 価値のあるものを追求していく。
どうしたらいいものができるのかを考えて活動しているはず。人様の目に触れて認めてもらうことが大事では。
そのためにはこちらから宣伝のような形で出るのも必要。

K お金はいらないんだ、儲けないんだと言われると困る(笑)。
孫にもいる、旦那も失業して年金だけでは困っている、食えない、私はどうしても20万欲しいんだというならわかるんだけど、私はリッチなんだ、ハングリーじゃないんだと言われるとこれは話しにくい(笑)。
食べるものはあるし、豊か。

K 島に来て2、3時間。いいなーと思った。すれ違う人。暖かみ。隣人を大事にし合う。
児島の悪口を言うのではないけど、全然違う。
ここへ来てくれたら見えるもの、感じるもの。土質。

K 児島なんか転んでもただでは起きない。
1円を拾ったらそれを拾うエネルギーは1円以上。だから拾うなという社会で生きている。
その中でいい暮らしをしようとして頑張っている。
だからとても話にくい。お金はいらんのやと言われると。
こっちが教えてもらわないといけない。何でこんなリッチになれるのか。

S もし商業ベースに乗せると思うとどうするか?
島に来てもらいたい。そしたらお金じゃないいろんなものをもらえる。

K 陶芸をされている人、織りもの、それらをうまく展示する。見てもらう。
売るのではなくて、どうしても欲しいと言われたら売ればいい。
まちへ行ってもものは氾濫している。埋没してしまうだけ。
価値のあるものを掘り起こしていく。
この場所のロケーションを変えたらいいと思う。作っているものには全部気持ちが入っている。
当時の小学生が作った版画を見てもいいなと思う。ステージがあるから、そこでどどんと見せたら驚き喜ぶんじゃないか。外国の人はすごく喜ぶだろう。
細いものも広いものも織っている。うまく飾ると全然違う。目の前で織っている。これ以上のものはない。
売るんじゃなくて、非売品にしてしまう。売るとは言わない。そしたら欲しくなる。一つしかない。あなたにだけ売る。高く売る。そしたら公民館には怒られない(笑)。
ロケーションを上手く使えばいい。
おしつけてやろうとすると売れない。
売らないといえばいい。

K 見本だけ置いている。非売品。欲しいというものを作る。手づくりだから歪んでいてもいい。売ろうとしない。

K 材料をよくしていくことが大事。

K あと来てくれた人が宣伝してくれる。
手づくりの場合は、自分のプライドを売る。世界に1つしかない。好みのものを作ればよい。
買って帰った人が連れて来てくれる。女の人1人やると4、5人は連れて来てくれる。

K ほっといたらあかん。宣伝しないと。ソフト面をちゃんと。
孫にも金をやらんといかん。金は多い方がいいと思うよ。そのためにどうしたらいいかを考えないといけない。
船に置いてもらう。桑茶を、織ったものを。

K そうは言っても、ここはリッチだから。


と、話が出た順序で書きました。

ここはリッチだからお金はいらないといわれたら困るというのは、とても面白い入り方でした。あと、売ろうという意識じゃないんだよ、というのも島の皆さん共々、目から鱗。
ソフト面については、いま一緒に活動しているタブララサの役割も大きいとハッパをかけてくれました。
白石の人とここでやるべきことが見えてきた有意義な時間でした。

101218 白石島ツアー

12月18日の白石島ツアー。

この日は児島のジーンズミュージアムの名誉館長さんや水島のタケヤリ帆布の方、児島の染料屋さんなど、岡山で繊維や織りにまつわるプロの方々5名と、まるでその方たちの孫(人によってはひ孫!?)と同じくらいのタブララサメンバーとで白石島へ行きました。


















いつもより船の時間を遅くして11時のフェリーに乗船。
みんなで輪になり、さっそくおじさまたちの独演場、と思いきや、僕たちタブララサがどんな思いで白石島に関わっているのか、僕たちの感じている手織り教室の皆さんの考えはこうなんですというのを聞いてくれました。
そして、やっぱりその場所へ行ってみないと何もわからないから今日は来たんですよと言ってもらえて一安心。



















着いて早々にみゆき食堂でお昼を食べました。
ダイエットをしているので、ご飯はいらないですよと言われる方も、出てきた料理を見て驚きやっぱりご飯をくださいと、席も移動して一人でご飯を食べられてました。
感動の表現がとてもダイレクトで、見ていて気持ちいい!

ご飯の間も話は止まりません。
綿であれなんであれ、その土地に合い、経済効果があるものでないと成長しないのだよという話。
たとえば青森のリンゴや桜島の大根がいいといって、それ以外の土地で作ろうとしても同じものはできない。全然よくない。育たない。
できあがったもの、アイデアを持ってくるのではなくて、種から植えないといけない、植林したのではいけない。

土地に合えば根が張る。だから根付く。
白石島の気候、風土に合った綿もあるはず。
種から出発しないといけないよと、これまで自分たちではあまり考えてこなかったことを教えてくれました。
それから、白石島の土地に向く何かがあるはずで、それはその土地の人が知っているから、島の人に聞いてみるといいよと。



















この日のお昼ご飯。

ご飯:笠岡で作ったもの
うどん:笠岡の細麺(小山製麺
冷や奴:未確認
煮物:みゆきさんの手づくりの野菜
天ぷら(紫芋、
さつまいも、ひょうたん南瓜):みゆきさんの手づくりの野菜
かき揚げ(海老と白身魚):島で穫れたもの

このうどん定食が500円。
うどんの単品を頼んだ方もいたのですが、つくるのは同じだからといっておかずを全部つけてくれました!
すごい!

ごはん、まだありますよー、と言われれば、おにぎりにしてもらって持って帰ろうかなと。
絶好調です。
おまけにみんなひょうたん南瓜の種までいただき、機嫌良く集会所へ向かいました。

ちなみに笠岡のお米やうどん、飾ってあるリースも笠岡のバラで作ったもの。
白石島は島だけど、笠岡とのつながりがあるんだなあというのを感じました。


















集会所へ向かう道中でも、細い路地の移動になるのですが、車が行き交うために止まって待ってあげたりする場面に出くわし、児島でさえそんな人の交流には出会えないと、島のいいところとして心に残ったと言ってました。

集会所へ着くと、手織り教室の皆さんがお出迎え。
さっそく種とり機や糸車や機織り機などを見ながらにぎやかな時間が始まりました。
染めをされてる方もいて、こういう場合はこうしたらいいよというような話で盛り上がっていました。
そして、児島のジーンズの話をしていただこうと、皆でケーキと珈琲と一緒にテーブルを囲みました。

その詳細はこちらを→ 101218 売るのでなく。

島の皆さんにもちょうど知りたかったことを聞けてよかったとか、いいアイデアが出たねとか、あの人たちの話、知的で楽しかったよという感想を別の方から聞いたりと、本当によい時間を持てたなと思いました。

ビデオで撮ったり、ボイスメモで音声を録ったり、皆で話に聞き入ったり、白石公民館の手織り教室の皆さんと会話を楽しんだり、みゆき食堂のうどん定食に感動したりな1日。

みんな岡山で何十年も生活してこられていて、初めて白石島に来た方もいました。
それを思うと、こうしてタブララサのような島の外の人たちが白石島へ関わる意義もあるのだなとあらためて感じました。



101205 KSアカデミーのみなさんと

東京を巡る旅の最後は横浜へ。

2009、2010年と白石島へ来てくださったKSアカデミーの方々と会ってきました。
2009年が2期生、2010年が4期生の方が白石島へ来てくれていて、そこに5期生の方も加わった
会でした。

瀬戸内から遠く離れた横浜で、白石島に来ていただいた皆さんと再会できたのはとても嬉しいことで、瀬戸内へ来てもらうだけではなくて、自分も訪れこうして相互に関わりがあるのがいいなと。
白石島でプロジェクトをしていてよかったなと、島ではない場所で感じることができるのもいいことです。

初めましての方も来てくださいました。
「しんゆり・芸術のまち」の事務局をされている末吉さんと、
「NPO法人KAWASAKIアーツ」の事務局をされている大道さん。

僕と同年代であり、趣味や価値観など共通する部分がとても多くて意気投合。
そうしている間にテーブルも年長・年少で分かれていたような・・(これをいうと怒られますが)

末吉さんは田舎で育ったわけではないけれど、幼少の頃に年に1、2度ほど遊びに行く千葉での体験が今の人生の選択を支えているという話は、これからの自分自身の白石島でのプロジェクトを考えていく上でとても有意義な発見でした。

2期生の加藤さんは、東京都大田区の疎水である「六郷用水の会」の世話役をされるようなったとのこと。そこで、疎水の話をするときにはとても嬉しいことに岡山の西川のことを話してくれるそうです!

僕の方からは白石島の映像を作りたいという願望程度しか報告はできませんでしたが、そうすると、川崎にあるささらプロダクションが制作した「オオカミの護符」(2008年度文化庁映画賞)と「うつし世の静寂に」というドキュメンタリー映画を紹介してくれました。
KSアカデミーは川崎市と専修大学によるコミュニティビジネスに関する公開講座であり、このいずれの映画もその川崎市のことを描いた素晴らしい作品のようです。
これらも合わせて、白石島での映像と共に白石島で上映会なんてできたらいいなと思います。

最後に、KSアカデミーの副学長であり、白石島まで講座生を連れてやって来てくれた神原先生は2011年4月から1年間、イギリス留学し研究をされるそうです。
そこでイギリスに遊びに行く約束をしてこの旅は終わりました。
今度は僕が白石島でどんなことができるのか、です。

101205 タブララサで白石島に関わること

ずいぶんと書くのが遅くなってしまったのだけど、東京を巡った12月の出来事を。
12月4日、東京でタブララサ副理事長の忠澤くん(以下、ちゅうくん)と青山でランチをしながらタブララサのことなどを話してきました。場所は、

YOSHITOMO NARA + graf

忠澤くんはタブララサのスーパーマン。東京で行われた隠岐島・海士町のイベントに参加した際に、KSアカデミーをされている専修大学の神原先生と出会ったのがきっかけで、タブララサとKSアカデミー、そして白石島とのつながりが生まれました。

忠くんが関わっているNPO法人夢職人のことなど多岐にわたる有意義な話になりましたが、ここではタブララサのことを書きます。

NPOは普通は何かしらの社会問題を解決するといったミッションを持って存在しているのに、タブララサにはミッションらしいものがないという話に。
これは僕がいろんな人とタブララサのことを話していても直面している事実。。
で、ちゅうくんが気付いたのは岡山には問題らしい問題がないということ。

タブララサは「岡山の1mmレベルアップ」をテーマとして掲げるようになったけど、これも問題解決というより、まちをより良くするための活動だなと。

納得。

リユース食器の貸し出しでイベントを通じてエコにさりげなく触れるきっかけを作ったり、緑豊かな西川緑道公園という岡山のまちなかのほとりでキャンドルの灯りに包まれて、スローな時間を過ごしたり、その他のタブララサの活動を見ている中で、ちゅうくんが気づき、神原先生も知らせてくれたタブララサの役割は、「プラットフォームとなり、団体と団体、団体と人をつなぐこと」。
そしてミッションと呼ぶのかはわからないけど、たとえばタブララサ単独ではイベントをしないで、絶対に誰かとコラボするというが活動方針じゃないかと(笑)。
ちょっと極端かもしれないけど、心がけとしてはいいんじゃないかと思いました。
あとは、オシャレに楽しくだったり、文化や勉強したりとか知的な部分も持ち合わせないなと。























僕が東京へ行って見たり話したりしたことは、白石島での直接的な活動ではないけれど、でも見聞きしている全てが白石島でどうするか、何ができるか、ということへつながっていきます。
タブララサというNPOに関わり、そこで白石島プロジェクトのリーダーをしている自分が、タブララサのメンバーと島と真反対のような東京であれこれと話す。
タブララサの今後を模索する話は、自ずと白石島での活動へつながっていくし、白石島で見えてきたことが、タブララサの今後へとつながるのでしょう。
もし自分一人でやっていたとすれば、こんな話をできる仲間は周りにいないだろうと思うと、NPOという組織で白石島へ関わる意味が別の方向から見えてくるのだと思います。

101204 東京を巡る1

2010年の夏、岡山は犬島で瀬戸内国際芸術祭2010のオープニングを飾った維新派の「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」の埼玉公演を見るために12月のはじめに東京へ行ってきました。

夜の公演まで東京の場所と人を巡る。午前は初台にある東京オペラシティへ。













「ドミニク・ペロー 都市というランドスケープ」

ペロー本人による映像は、建築における10とちょっとの概念について語るものであり、個人的には会場に置かれている模型の数々より面白かったです。
建築は人とのディベートというよりは、土地や風景、素材、そして様々な着想やアイデア、歴史との対話なのかなと。
それから事務所員1人1人を数秒間毎に映していく映像も、ペローという人を包むまわりの様子を伝えるもので好感をもてました。

プレスリリースからの引用します。ペローの経歴。

【ドミニク・ペロー略歴】
1953 フランス、クレルモン・フェラン生まれ
1978 エコール・デ・ボザールにて建築の学位取得
1979 国立土木学校にて都市計画の学位取得
1980 社会科学高等研究院にて歴史学修士号を取得
1981 DPA ドミニク・ペロー・アルシテクチュール設立
1989 フランス国立図書館コンペティションにて1等
1998-2001 フランス建築協会[IFA]会長
2010 ヴェネチアビエンナーレ建築展 フランス館キュレーター

建築、土木、歴史を学んでます。
土木と同様に、建築においても「公共」という概念はとても重要であり、土木で学んだことがそこに活かされているのかなと、学生時代に土木工学を専攻した身としては考えてしまいます。本当はその辺を模型を見ながら検証すればよかったのかも。

続いて、













「みえないちから」展

印象に残ったのは、この展覧会の作品ではなく、隣のオープンスペース2010に展示してあった

クワクボリョウタ《10番目の感傷(点・線・面)》

暗闇の中を鉄道模型の列車が走る。その車両にはライトが付いていて、列車の動きに応じてトンネルや駅舎などの物体に当たるライトの影が展示空間を覆う。ミニチュアなのに、その影は自分自身を超えるような大きさになり迫ってくる。
足下にある小さな物体と自分を覆うほどの影。


対照的な二つのものの結びつきは、たとえば都会と田舎、都市と島、のようなものを考えるとき、あるいは、今と50年前、そのもっと前の頃に起こっていたこと、行っていたことが、結びつけばいいのか、取り入れればいいのか、ちょっと気にかけていればいいのか、といったことを考えるヒントになるのかもしれません。
往々にして、アートはまずもって体験をするものだろうけど、そこでは新たな視点や知覚をもたらしたりする。
展示空間では面白いなと感じていたのだけど、あらためて書いてみると、今のようなことを思います。